私はこれまでに人生を3回リセットしています。
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初めのリセットは23歳の時です。この時、私にとって、人生最大のどん底を味わいました。人が信じられなくなりました。思い出すのもイヤなくらいです。
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『なかったことにしよう!』
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私はそう思うことで、この危機を乗り越えたんです。以下に、それから現在までの奇跡を書きました。
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もくじ
不純な目標でもいい
人生最大の挫折から、心機一転、創業5年目のベンチャー企業に就職しました。大学での専攻が分析化学…『分析なら任せてください!』とハッタリで入社しました。そして初めの配属先は、基礎研究開発でした。
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『やばい…』
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卒論7ページしか書けない劣等生に、できるわけがありません。でも、『できない』なんて言えません。ですから、一生懸命勉強しました。何度も挫折しそうになりました。それでも、モチベーションを維持できたのは、夢を持っていたからです。
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『やるからには夢を持たないとな』
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無理矢理に掲げた夢でした。”分析室っていう部署を作って…白衣を着て…そこの室長になって…部下は全員女子!”というふざけた夢でした。
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努力すれば…一人前になれる
基礎研究開発で3年経ったある日、製品開発へ移動になりました。
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”分析室長で女子に囲まれて仕事する”夢は叶わなくなりました。
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同社の製品開発では、お客さんと技術的な面談をしなければなりませんでした。
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私は人と関わりたくなかったので、すごく嫌でした。しかし、”頑張る”って決めたんですから、仕方ありません。
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初めてのお客さんの面談当日、お客さんの質問に全く答えられず、『何をしに来たんだ。とっとと帰れ!』と怒られました。
やっぱりダメか…でも悔しい。。。
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何とかしたい…。
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話す内容をノートに書いて、面談前日に覚えていきました。説明はうまくできましたが、質問には全く答えられませんでした。
また怒られて帰りました。
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次に、想定問答集を作ろうと思いました。しかし質問が想像できません。それでも絞り出して考えました。初めの頃は2,3個くらいしか作れなかった想定問答集が、会う度に徐々に増えていき、対応できる質問も増えました。
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1年くらいでしょうか。相手の言うことが想定できるようになり、ほぼ全てが答えられるようになったんです。
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それからもう少し経つと、それまではノートに書いて練習していかないとできなかったのが、ノートに書かずとも、頭の中でできるようになり、さらにはアドリブでも対応できるようになりました。
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挫折…そして
31歳の時に管理職になって、いきなり4名の部下を持ちました。気負いがあったのかもしれません。
部下からの信頼も得られないまま、強引に進めた開発は思うように進まず、部下から不満がでて、上司やお客さんからの信用も失いました。
一人でジタバタしてました。何をやっても空回り、開発は打ち切りになりました。周りから責められ、自分自身でも責めてしまい、『このままじゃ壊れてしまう』と思いました。
『逃げよう』
人生2回目の挫折です。
・転職
・大学院への進学
・工場への転勤
タイミングよく、環境を変えれそうな話が浮上しました。そして最終的に、工場への転勤することにしました。
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新製品の事業立ち上げ責任者として、2名の開発者を部下として一緒に転勤しました。
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『開発は彼らに任せよう』
以降、マネージメントに徹しました。新製品事業立ち上げに成功!部下を信頼し、私のやるべき仕事に集中したことがよかったのでしょう。以降合わせて、3つの新製品の立ち上げを行いました。
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続けると…できるようになる
3つの新製品を立ち上げで、自信がつきました。
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そんな時、開発に戻ることになりました。次の業務は、”新規ビジネス”。新しくできた部署でした。”社内に存在する技術を使って、新規ビジネスへ繋げる”というのが、ミッションでした。
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”社外のいろんな人に会ってニーズを探る”
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人見知りに、大きなハードルが…アポ電。相手の顔が見えない…極度の緊張。なんとも言いようもない不安。すぐに電話を切られたり、電話口で怒られたり。なんとか必死に頑張って、数名のアポ取りに成功したけれど、次のハードルはアポ当日。
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”どんな人かわからない”
”何言われるかわからない”
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ストレスは最高潮に達しました。
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約束時間の1時間前に、訪問場所の確認をして、近くの喫茶店で、面談のシミュレーション。お腹が痛くなって、トイレに行って、戻ってまた練習。同行した後輩から、『よくトイレに行きますね』と、突っ込まれる始末。後輩には気づかれなかったようですが、結構辛かったです。
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続けると、できるようになるんですね。気づいた頃には、緊張もせず、お腹も痛くならずに、できるようになっていました。
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”ゼロ”から”イチ”に
40歳になって、経営企画部の責任者になりました。
”部署を新たに立ち上げる”
何をする部署?というところからでした。
何をしたらいいかわからない。どう進めたらいいかわからない。そんな中で手がけたのが、ISO9001取得と帳票類の標準化でした。
それぞれ、若手を抜擢して推進しました。試しては失敗する…試行錯誤が長く続きました。諦めずにチャレンジし続け、1年後、計画通り、どちらのテーマも達成しました。
もちろん担当したメンバーが、優秀であったことが成功要因の一つです。
”ゼロ”から”イチ”にする。難しさはありますが、すごくやりがいを感じました。”どんなことでもできる”という自信を持てるようになりました。
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郷にいれば郷に従え
2011年に中国子会社の初代総経理として、中国会社の立ち上げをしました。日本の親会社に、『XXが起こっている』と伝えても立ち上げ当初は、『日本の常識ではあり得ない』と取り合ってもらえませんでした。
日本では考えられないようなことが、頻繁に起こりました。本当に、びっくりすることだらけでした。
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日本基準で考えてはいけません。
”郷にいれば郷に従え”
その中で最善策を探る。中国は、
・国土が広いこと
・インフラが整っていないこと
・商習慣や国民性が違うこと等々
日本と違うとこだらけです。日本の常識は通用しません。海外では通用しないんです。
しかし、それを前提に対処すれば、何も怖くはないと思います。
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熱意以外に必要なものはない
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2014年から、ベンチャー企業設立に参画しました。長い間、創業者を近くで見てきました。創業者は私より若く、荒削りな感じは否めないですが、とにかく熱量が半端なかったです。
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彼を知る人からは、
・何かしでかしそう
・発想が突飛
・思いついたらすぐ行動
・物怖じしない
・ポジティブ思考
といろいろと評されていましたが、ある金融機関の方から、”果敢に攻め続ける楽観主義者”と言われたことがありました。
もちろん褒め言葉としてです。
そんな創業者とともに、会社を運営しました。創業当初は人がいません。知らないわからないこともしなければいけません。
辛かったです。無茶振りも結構ありました。腹が立つこともたくさんありました。そして設立から4年間、
・第三者割当
・事業売却
・業務提携
・補助金獲得等
などで、100億円超の資金調達をしました。
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資金調達するにあたっては、数え切れないほどのたくさんの投資家等と交渉してきました。いろんな方に助けてもらいました。創業者や私だけでは、成し遂げることはできなかったでしょう。
創業者の熱意が、
・私に
・協力者に
伝播し、そして投資家等に届き、多くの資金調達をすることができました。
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それでも失敗する
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さらに私たちは、上場を目指していました。私は、その上場準備プロジェクトを指揮していました。主幹事証券の引受審査が受理され、上場にあともう一歩のところまで、進んでいました。
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そしてもう一度、資金調達すれば、上場できる状況でした。しかしその資金調達で、つまずいたんです。会社が予定している時期に、予定している金額の資金を集めることができず、最終的に会社を閉めることになりました。
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創業して5年目でした。
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私はこうして、3度目の挫折を味わいました。好きで倒産させたい役員なんていません。
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『なんとか立て直したい』
『社員を守りたい』
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本気のそう思っていました。一方で、疲弊する社員を見続けるのは辛い。そんな葛藤の中、最終的に倒産を選びました。
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できればしたくはありませんでしたが、人生のゲームオーバーにするくらいなら、何度でもやり直せばいいと思うんです。
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人生は何度でもやり直せる
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何度でもやり直せばいい。リセットすると振り出しに戻ります。ゼロからのスタートです。マイナスにように思いますが、それは違います。
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これまでの経験は必ず活かせます。無駄にはなりません。次に繋げることができれば、確実にステップアップができます。越えられなかった壁が、越えられるようになるんです。
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私は倒産を機に、資金調達と上場準備をメインにした経営コンサルトの会社、合同会社 くれぁ・ふぉせったを立ち上げました。これまでに現場で培った、
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・資金調達
・上場準備
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の実務ノウハウを生かして、熱意溢れる若手起業家をサポートし、彼らが大きく羽ばたく手伝いをしたい。
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・何が悪かったのか?
・どうすればよかったのか?
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失敗を経験した私にしかわかりません。この辛くて痛い想いを彼らに伝え、一緒に歩み、必ず乗り超えていきます。私ならできる…そう確信しています。
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ご質問やお問い合わせは、合同会社 くれぁ・ふぉせったのホームページからご連絡ください!
▷くれぁ・ふぉせったのホームページ
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wrote by ひさつぐ
(本名:丹田 久嗣(たんだ ひさし))
職業 :経営コンサルタント
業務内容:資金調達、上場準備、社外CFO、その他経営コンサル
活動地域:大阪、京都、滋賀、その他(要相談)
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